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COLUMN 2025.09.10
コラム

ゲーミングキーボードの速さの秘密 ー 応答時間を解剖する【前編】

ゲーミングキーボードの速さの秘密  ー 応答時間を解剖する【前編】

1.ゲーミングキーボードの速さを紐解く

ゲーミングキーボードは、ユーザの意思をゲームに伝える重要なデバイスです。快適な打鍵感や配列だけでなく、キーを押した瞬間の信号が、どれだけ速く正確にゲームへ届くか。この“入力の速さと確かさ”こそが操作精度や勝敗を左右する決定的な要素となります。速度は、スイッチの検知から内部処理、USB通信、PCの受け取りまでの一連の流れで決まります。昨今では、ラピッドトリガー機能を搭載した磁気検知式キーボードや、非常に高いポーリングレートやスキャンレートを持つキーボードが急速に増えています。これらは特に、FPSゲームのような、一瞬の動作が勝敗を分かつタイトルにとって、強力な武器となり得ます。
本コラムでは、これらはいったいどういうものなのかを紐解きながら、ゲーミングキーボードの速さのしくみを解剖してみます。

2.磁気検知式キーボードの仕組み

特にFPSゲームにおいて強力な機能であるラピッドトリガーは、スイッチに固定の作動点と戻り点を持たせず、センサーでキーの動きをリアルタイムに監視し、押し込み後にわずかに戻すだけで再アクチュエーションできる機能です。これにより、キー入力のタイミングに柔軟性が生まれ、結果として連打やストレイフの切り替えをより速く、安定して行えるようになります。

ZENAIM KEYBOARDでは、“MOTION HACK”という名称でこの機能を実装しています。詳しくは【新機能紹介:MOTION HACK機能】をご覧ください。
ラピッドトリガー機能を搭載したキーボードの多くは磁気検知方式が採用されています。
磁気検知が用いられる背景は、磁力の変化がなめらかで、ストロークの検出にとって精度と安定性が得やすいことや、従来のスイッチ構造への搭載のしやすさなどにあると考えられます。非常に強力なポテンシャルを持っていますが、では、磁気検知スイッチはどのようなしくみで入力を実現しているのでしょうか?

下図は、スイッチの入力がPCに届くまでの簡単な流れを表しています。
回路の設計の仕方によりますが、基本的な流れは変わりません。

図1.  入力から出力までのステップ

図1. 入力から出力までのステップ

  1. キースキャン:キーボードの頭脳であるMCU(Microcontroller Unit)が基板上に構成されたスキャン回路を制御して、周期的に磁気センサーの状態を読み取るキーを選びます
  2. センシング:磁気センサーが出力する電圧(アナログ値)を読み取ります
  3. デジタル変換:磁気センサーから出力された電圧をMCUでデジタル値に変換します
  4. 演算処理:デジタル化された数値を特殊な計算でストローク距離に変換し、ON/OFFを判定します
  5. 送信準備:演算の結果をUSBで送れる形に整え、メモリ内に一時的に保管します
  6. USB転送:PC側からの問い合わせ(ポーリング)のタイミングで保管したデータをPCへ渡します

磁気検知キーボードは、これら一連の動作をものすごい速さで実行しています。
どうでしょう?かなり複雑に感じるのではないでしょうか。

最大の特徴は、メカニカルスイッチのように固定の接点を持たず、演算処理によってONとOFFの位置をリアルタイムで自在に制御できることにあります。これにより、ラピッドトリガーという強力な機能も実現できるようになっています。

3.ポーリングレート・スキャンレートとは

次に、ポーリングレートとスキャンレートについて触れていきましょう。
ポーリングレートとは、PCがデバイスに今の状態を確認するために呼びかける頻度のことです。1000Hzなら1秒に1000回、8000Hzなら1秒に8000回、キーボードに対して問い合わせをしています。1秒の中で8倍も多い回数となると、見るからに速そうですよね。これは、PCがどれくらいの頻度でキーボードを覗きに来るかという指標になります。そのため、来るのが早くても、送るためのデータがまだ準備中なら、その回は見送りになってしまいます。列車が到着しても、乗客が準備できていなければ乗れない、といったイメージです。
ここで先ほどの磁気検知キーボードの仕組みを思い出してください。キーボードが入力を検知し、送信できるデータを作るためには磁気センシングの結果がデジタル変換され、さらにストローク変換の計算が完了している必要があります。
そのため、ポーリングレート“だけ”では速さを語ることはできません。

では、スキャンレートとはどういうものでしょうか?
こちらはキーボードの内部処理として、どのくらいの周期で状態を見に行くかという周期になります。
つまり、スキャンしたキーについて、次のポーリングまでにストローク変換が間に合っていれば、最も早く最新の操作結果をPCに送ることができるようになります。
ポーリングレート= PCがキーボードの状態を“見に来る速さ”
スキャンレート = キーボードがキーの状態を“見回る速さ”

どちらもデータをやり取りする“待ち時間”を持っています。待ち時間の間に、データの中身が準備できていないと処理はできません。理想はポーリングレートに対する1周期の時間、1000Hzの場合は1ミリ秒、8000Hzの場合は0.125ミリ秒の間に送信データの準備が終わる速さでセンシングから送信準備までを行うことです。
これは非常に短い時間になるため、スキャンレートをポーリングレートの何倍も速くし、センシングや演算に使う時間を確保する、高速な電子部品を使う、などの工夫が必要になります。
また、ポーリングレートもスキャンレートもそれぞれ一定の周期ですが、人の操作はいつどのように行われるかはわかりません。そのため、各周期の始めと終わりのギリギリのタイミングになった場合、データが反映できるのは次の周期になってしまうこともあります。

図2. ポーリングレートとスキャンレートの関係

仮にゲーミングキーボードの操作情報が、PCからのUSBポーリングに対し1000Hzで確実に転送できた場合、その応答時間は1ミリ秒になります。ポーリングレート8000Hzでは、0.125ミリ秒の間にすべての処理を完了できた場合に、応答時間は0.125ミリ秒ということになります。
理論上の最短時間はポーリングレートの周期と一致しますが、これはあくまで理論値であり、タイミングや誤差により、遅延が発生することがあります。
実際に、ポーリングやスキャンにかかる時間や、正確な遅延を正しく計測するためには高価な設備や技術力が必要となり、それぞれの性能を見極めることは専門家でも簡単なことではありません。

4.応答時間を解剖する

ここまでで、ラピッドトリガーを実現する磁気検知キーボードの制御と、ポーリングレート、スキャンレートの具体的な説明を行ってきました。これらはゲーミングキーボードの強みである短い応答時間(低遅延)を構成する要素です。
ところが、速さに関係する、ゲーミングデバイスの性能を表現する言葉は複数存在します。反応速度、応答速度、入力遅延――こうした表現のどれを指標にすべきなのでしょうか? 技術的に性能を比較するうえでは基準を揃えることが大事になってきます。本コラムでは、デバイスやシステムの速さは“応答時間”で表し、人の速さは“反応時間”とし、以降の説明を行います。

ゲームプレイという視点で考えると、応答時間を構成する要素は図3のように表すことができます。

図3. ゲームへの入力から出力まで

具体的に順序を追っていくと以下のようになります。

人間側処理
  1. 認知(刺激を捉え、脳が状況を理解するまで)
  2. 動作指示(指の運動開始)
  3. 入力操作(キーストローク)
キーボード内部処理(図1参照)
  1. キースキャン
  2. センシング
  3. デジタル変換
  4. 演算処理
  5. 送信準備
  6. USB転送
PC側処理
  1. OS処理
  2. ゲームエンジンでの処理※
  3. GPUでの処理
  4. ディスプレイでの画面表示処理

※オンラインで着弾などの判定を行うゲームの場合、ネットワークの遅延も含まれます

応答時間は、それぞれの所要時間と足し算の関係にあります。ゲームでの総合的な応答時間は簡易的に、

応答時間  ≒ キーボード内部処理時間+PC側処理時間

と考えることができます。以降、デバイス/システムの速さは“応答時間”で記載します。

ゲーミングデバイスのスペックとして一般的に用いられているのは、ポーリングレート、スキャンレートになりますが、これはキースキャンの待ち時間とUSBポーリングの待ち時間の短さを表す指標になります。

どこからどこまでの時間を測るかによって、その時間の持つ意味合いが変わってきます。たとえば、スキャンからUSB転送までを対象とすると、デバイス単体の電気的な処理時間になります。スキャンからディスプレイに表示されるまでの時間を対象にすると、そのゲーミング環境全体のパフォーマンスを表す時間になります。
デバイス同士の比較にはしばしばデバイス単体の電気的な処理時間が用いられますが、この図3にはひとつ大きな示唆が含まれています。

それは、入力には必ず人間の認知と動作が必要であることです。
ここで、ディスプレイやヘッドセットから映像や音声などの情報を脳が受け取り、デバイスの操作結果がゲーム画面に反映されるまでの時間について考えてみましょう。人間側の反応時間はデバイスやPCの応答時間に対して、どの程度違いがあるのでしょうか?
反応の速さは、課題のむずかしさや、指先の細かな動きがどれほど必要かなど、テストのやり方によって大きく変わりますが、視覚刺激に対するトップ層のゲーマーの反応時間は150~200ミリ秒とされ、エリートアスリートの聴覚刺激に対する反応時間に迫る水準にあると報告されています。[1]
複数の基礎研究では、聴覚や触覚の反応は視覚より短いことが報告されています。[2, 3]
図4は、この違いをわかりやすく示すための目安として、文献を参考にZENAIMが作成したものです(個人差・条件差あり)

図4. 人間の反応時間(文献値を基にZENAIM作成)

ここでの“反応時間”には、刺激を受けてから脳が処理し、実際に指が所定の位置まで移動するまでが含まれます。
つまり、図4の代表値でいえば、人がゲームからの情報を認知して指に伝えるまでの時間はおよそ0.15秒前後、ということになります。
例として、すべてのゲーミングキーボードがポーリングレートに対し理論上の最短時間でUSB転送を行えた場合を考えてみましょう。調査研究の結果を参考に聴覚刺激(ゲーム内の足音等)を受け、入力するまでの時間を約145ミリ秒と仮定します。ポーリングレート1000Hzの場合、デバイスの処理は最短で1ミリ秒のため、人が刺激を受けてから入力するまでにかかる時間が、実に全体の時間の9割以上を占めることになります。
ここから、速度を決める最大の制約要因は、人間の反応時間であることがわかります。
もちろん、人間の反応時間はデバイスではコントロールできないため、生体反応とデバイスの性能とは切り分けるのが普通です。しかし、図4で示した生体反応の時間を表す145ミリ秒の中には、指を動かしている時間も含まれています。
この時間は本当に改善することはできないのでしょうか?
ゲーミングキーボードは、人の操作を伝達するためのヒューマンインタフェースです。
ZENAIMは、キーをストロークさせている時間については、スイッチの機構や押しやすさの設計により、デバイス側に改善の伸びしろが残されている、という思想で開発を行ってきました。

図5. ZENAIMの考える応答時間

ZENAIM KEYBOARDは、eスポーツのトッププロと短い応答時間と誤爆のしにくさという相反する課題を解消するために、このキーの押しやすさも応答時間の一部としてとらえ、超ショートストロークスイッチを自社開発しました。(コラム:“キャラクターと一体になったような操作体験を”参照)

5.速さは人のスピードが命。だからこそ物理的な入力速度の短縮がカギ!

ゲーミングキーボード、特にラピッドトリガー機能を搭載したモデルはFPSなどのeスポーツタイトルにとって非常に高いアドバンテージを得ることができるデバイスです。そして、高いポーリングレート、スキャンレートは操作の“状態”をどれだけ頻繁に確認できるかという指標です。これは非常に高速であるため、差を体感するのは難しい領域ですが、それでも“最速”を求めるユーザーにとっては重要な指標となるでしょう。

ZENAIMは、プレイスタイルやゲームタイトルにより、自身に合った性能やフィーリングのデバイスを使うことがベストだと考えています。次回のコラムでは今回の内容を踏まえ、ZENAIM KEYBOARDの強みと、実用上の応答時間について深く掘り下げていきますので、どうぞお楽しみに!

参考文献:

[1] C. Jiang, A. Kundu, and M. Claypool, “Game player response times versus task dexterity and decision complexity,” in Proc. CHI PLAY ’20 Extended Abstracts, ser. CHI PLAY ’20 EA. New York, NY, USA: ACM, 2020, pp. 204–208
[2] A. W. Y. Ng and A. H. S. Chan, “Finger response times to visual, auditory and tactile modality stimuli,” in Proc. Int. MultiConf. Eng. Comput. Sci. (IMECS), vol. II, 2012.
[3]  A. Jain, R. Bansal, A. Kumar, and K. D. Singh, “A comparative study of visual and auditory reaction times on the basis of gender and physical activity levels,” Int. J. Appl. Basic Med. Res., vol. 5, no. 2, pp. 124–127, 2015.

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